ごくごく私的なアーケードゲーム史

そう言えば、アーケードゲームって幼少期からやってたよな。

と思って。
思い出話をつらつらと並べてみる

■小学生時代

この頃ってゲーセンというより、ショッピングセンターに併設されてたゲームコーナーで遊んでいた。

○出たな!!ツインビーコナミ
やたらやってた記憶ある、家族で買い物行った時にねだって1クレだけやらせてもらってた。もちろん未クリア。
何にはまってたんだろ、当時。
溜めショットバンバン打つの楽しかったのかな・・。

ちなみにツインビーシリーズはいまだに苦手。ベルのパワーアップの調整がね。

■中学生時代

家族と一緒ではなく友人同士で遊びに行くように。
ただ、ゲーセンゲーセンしてる場所は家の近くにはなく、近くのショッピングセンター。

○クイズ!人生劇場(タイトー

やたらやったクイズゲー。
幼稚園→就職までをすごろくで進むタイプのクイズ。
FC~SFCの爆笑!人生劇場シリーズが人気あった頃でアーケードにクイズとして登場。
これ、元のシリーズのテイスト生かしたギャグ満載のすごろくでなかなか楽しかった。

当時はエンディングまで持っていけるだけのお金はもちろんお小遣いでもらってなく、のちに高校生の頃に最後までプレイしたのですが。
最終マップの就職か大学進学だったかな。
そこだけ今までの友人や先生との別れのストーリーが進んでしんみりしたな。

書いてて思ったのが、当時格闘ゲームのブームが来ててやっててもおかしくないんだけどね。
今思うと、ストⅡなどは家庭用に移植されてたので友人宅でプレイしてたのかも。
まあ、それで下手って自覚して手を出してなかったかもです。

■高校時代

一気に活動範囲が広がる。
地元にセガナムコアミューズメント系ゲーセン、そしてショッピングセンターが改修ありゲームコーナーが大規模化

・ファイナルハロン、ファイナルハロン2(ナムコ
体感型競馬ゲーム。
逃げ、先行、差し、追込タイプ(2は大逃げもあったはず)の馬から選んで実際に騎乗する対戦ゲーム。

ちなみに自分は逃げ馬好き。
サニーブライアンがね、サニーブライアンが最強。と騒いでたのでおのずと。

高校生といえば、「高等学校クイズ選手権」に出場したがる病に侵されがち。
一緒に出るメンバー集まらないというオチになりつつも出た時の事考えてクイズゲームはやたらやってた。

マイエンジェルに関しては、0歳→大人までクイズで子供を育てる。育ち方は正解したジャンルと途中の選択しだい。

って感じなんだけど、当時そのバリエーションの豊富さをやりこめるだけのお金もなく、3000円かけてクリアした。って思い出だけが。

1997年稼動の音ゲーの開祖。
当時は5鍵+ターンテーブルの構成。

今につながる歴史的瞬間に立ち会った。
のだろうけど、当時思い出すと

「これ何が面白いんだろ(´・ω・`)」
って思いながら触ってたんだろうな、正確に言うと。
あまりに斬新過ぎてゲーム性が理解できずに・・。

書いてて少し思ったのが、当時体感型ゲームが徐々に出始めてた頃で、beatmaniaもDJ体験ゲームくらいの感覚だったのかな。
後にブームが来てゲーム性の定義とインターフェース、楽曲が洗練されて来たのかも。

ゲーセンで音ゲーに本格的にさわるのはこの時期(高校生)以降はグルーヴコースター(2015年)まで待つことに。

ここまではアバウトくくりで。
以降は年代別に書いてみる。
※ある程度記憶あるので。

■1999年~2001年代

パチンコ・はじめた。
ってゲーセンと関係ないようで実は関係あって。
当時のパチンコ店で稼動していない台ってどこで打てるか?
というと、ゲーセンのコインゲームコーナー。
今考えるとかなり変態なのですが、市内のゲーセン、ショッピングセンターにあるコインゲームコーナーをすべて回って旧台あったらとにかく打ちまくるという・・

こだわり出すと極端なオタ行動するのは変わってないなと。
設置が多かったのはブリバリ原始人。
リアルタイムで打てなかったのに好きな台という謎。

ゴルゴ13になって原作エピソードのスナイプを自分でやるゲーム。99、00、01と3作品。

スコープ覗いて1発勝負の精密スナイピング勝負。なのですが、筐体の照準が狂いやすくてメンテナンス悪いとまともにゲームにならない感じで。
長期稼動結局してたのかな・・ってちょっと悩む。

■2002年

○つっこみ養成ギブス ナイス☆ツッコミ(ナムコ

松竹芸能所属芸人のネタを聞きながら、人型のぬいぐるみにツッコミを入れるゲー。

横山たかしひろしのネタが収録されてるのは渋すぎるというかゲーセン来る客層無視というか・・。

ますだおかだアメリカザリガニ、over driveと当時人気が出始めた(TKO、オジンオズボーンも収録されてるけど当時はまだ人気出てなかったかも)芸人のネタが入ってるけど、いまいち伸びなかったのは相当のお笑い好きじゃないと興味ないかも。
あと筐体のメンテナンスが・・壊れやすい

■2005年

2003~2004年ってゲーセンから足が遠のいていた時期。
ある日友人から
「ゲーセンにすごいクイズゲームが出てる。確かクイズゲーム好きだよね?絶対やった方がいい」
って連絡があってゲーセン行ったらあったのがこいつ。

最初聞いたのが、クイズで学園生活する?
みたいな内容でそんな面白いのか。
とプレイして驚いたのがネットワーク16人オンライン対戦のガチっぷり。
一瞬でハマりました。

3は大魔導士→賢者のカンスト地獄(突破するのに数ヶ月)
この間、プレイしてもプレイしても何も起こらない地獄で。
当時プレイしてた他のプレイヤーもこの地獄味わったのかな。

シリーズとしては5まではプレイしてたのですが、この3の地獄っぷりがあまりに印象に残ってたために後継があまりにぬるく感じてあきたのあるかも。

■2006年

当時話題になっていた脳トレゲー

なぜプレイしてたのか謎

■2007年


STGの分岐点だったと思う。
コナミとCAVEの2大勢力。

当時コナミは「オトメディウス」、CAVEが「デススマイルズ」をリリース。
リアルタイムでプレイしてたのはコナミブランドをまだ信用していたので「オトメディウス」に乗っかり。

この選択でみた歴史が横STGの衰退とテストプレイを延々と繰り返してるのかと思えるほどひどいレベルでの未実装のステージと機能が多発。
終焉まではお付き合いしたのですが・・。

一方のデススマイルズは2013年頃にスマホ版でプレイした時に名作だった事に気がつき、今ではXBOX360版をプレイしてたり、CAVEもstream版を2016年にリリースしたりとファンに対して丁寧なお仕事を。

かなり差がついたな~って振り返ると思う。
ここでデススマイルズを選択してたらまたゲーセン史が変わってたんだろうな。

■2010年

セガネットワーク麻雀MJ4(セガ

まあ、例のごとくゲーセン入り浸りになる訳ですが。

ここではゲーセン麻雀は
MJシリーズ(セガ
の2つがあるのですが、なぜMJだったかという話。

麻雀格闘倶楽部ってインターフェースがいい意味でシステマチックで無駄なく麻雀プレイできるのですが、MJは実況があったり卓上の動きがリアルに表現されていたりとゲーセンならではの要素が多かった。
ならゲーセンでやるならMJかなって。

どの辺りまで続けてたのかな。
MJ5Rへのアップデートあたりまで。
飽きたのと、アップデート後のリーグ戦の編成がいまいちだったのが。

■2015年

○グルーヴコースター(タイトー

今やりこんでる音ゲー
シンプルなインターフェースと直感的にリズムが叩ける面白さが。

まあ、やり始めてたきっかけはでんぱ組.inc古川未鈴さんの影響大ですが。

説明うまいというか、「まずは100クレ(やって操作に慣れましょう)」などシンプルかつ明解な初心者向け名言から時として暴走してるとしか思えないくらい熱い音ゲー論を聞いてたらやりたくなって。

音ゲーといえば、コナミが強い印象だったのですが、グルーヴコースター触ってから気づいたのですが。

タイトーZUNTATAという歴史あるサウンドチームが現存していて、収録曲に対して丁寧な仕事してる印象が個人的にありまして。
反面、コナミコナミ矩形波倶楽部なき今、ちょっとサウンド面こだわり物足りないなって感じたり。

これコナミ音ゲータイトーのグルーヴコースターに収録されてるでんぱ組.inc「でんでんぱっしょん」のプレイ比較で感じた感想で。
グルーヴコースターのでんでんぱっしょん、「少年よ~」前の無音、かなりうまく落とし込んだなって感動すら覚えた。


長々と書きましたが以上です。